小倉百人一首、基本の「き」

「き」小倉百人一首ってなに?

『百人一首』とは、100人の歌人の歌を1人1首づつ選んだ歌集のこと。
平安時代末から鎌倉時代前期にかけて活躍した歌人・藤原定家が選んだとされています。江戸時代に絵入りの歌かるたが誕生すると庶民に広がり、現在では札を取る速さを競う「競技かるた」でもおなじみです。
100首の歌は、『古今和歌集』や『新古今和歌集』など天皇の命により編纂された勅撰和歌集の中から選ばれています。

「ほ」藤原定家ってどんな人?

藤原定家は平安時代末から鎌倉時代前期の歌人で、住居と最終の官職名にちなんで京極黄門(黄門は中納言の唐名)と称されました。
『百人一首』の他にも、『新古今和歌集』や『新勅撰和歌集』を選進。勅撰集に入った歌数は465首で第1位です。また歌集に『拾遺愚草』があり、生涯に4,000首以上の和歌を詠じています。また18歳から74歳までの56年間にわたって克明に記された日記『明月記』は、歴史書、科学的記録としても資料的価値が高く貴重です。

「ん」かるたってどうやってできたの?

「かるた」はポルトガル語で「カード」の意味。ポルトガルの宣教師と一緒にやってきた船乗りたちが日本に持ち込んだものです。このかるたに日本の伝統的な遊びである「貝覆・歌貝」が融合して、現在のかるたの原型が生まれたとされています。
百人一首の歌かるたは江戸時代の初期に誕生しました。当初は貴族や大名の嫁入り道具の1つとして作られましたが、のちに木版刷りの安価なかるたが登場し庶民の生活の中に広がっていきました。

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